アメリカで生まれた娘たちが日本へ引っ越しをしたとき、長女は3歳4ヵ月、次女は11ヵ月でした。日本へ行くまで、アメリカでは家をもち、大きな庭もありました。庭には元気なレモンの木があって、何百個もレモンを取ることができてとてもよかったです。また、日本人であるだんなさんが食べることが大好きでしたから、日本の農家の方から種を買って、日本の野菜もたくさん作っていました。にらや青しそ、赤しそ、白菜、キャベツ、ねぎ、かぶ、大根などなど…。ぬかみそもよく作りましたので、野菜はとても大事でした。

日本から毎年、おじいちゃんとおばあちゃんが訪ねてきてくれ、おばあちゃんからはいろいろな料理を教えてもらいました。びっくりしたのはレモンの使い方です。レモンは庭の木にたくさんなっていましたから、レモンを絞ることは多く、レモンの皮もたくさんありました。

おばあちゃんはそれをお風呂に入れたのです! 皮を入れるとからだがぽかぽかと温まり、肌にもよいと言われました。長女はそれを見て、お風呂に喜んで入りました。確かに温まるし、肌にもよいし、レモンの香りもいいのですが、皮などがそのまま流れないように注意することも大切でした。

 

長女はパパとよく庭の手入れをしました。野菜が大きくなるととても喜んで、自分の手で野菜を収穫し、洗って食べます。それは本人にとって楽しい経験であり、遊びでした。また、娘がいつもはだしでいたことは、子どもにとって、庭とつきあうことはとても重要な体験だと思っていた私にはとてもうれしいことでした。私もその頃、娘と同じようにいつも家のなかでも外の庭でもはだし。はだしが大好きでした。子どもにとってもやっぱり、はだしで過ごすことは大切だと思います。自分のからだで自然を感じ、土やどろんこ、石、草、自然の香りなどを足の裏で感じることによって、この地球の肌を理解することができると思います。地球とのスキンシップは本当に必要。五感を起こすことにもつながります。

 

その当時(1978-80年ころ)、日本食をほとんど作っていた私たちは、よくサンフランシスコにあるジャパンタウンへ行きました。マグロが大好きでしたから、日本のマーケットで毎週のようにマグロを買いました。当時はトロの人気はあまりなく、ハワイの方から入荷したトロはとても安かったのです。びっくりすると思いますが、肉よりもトロは安かったんですよ! 10ドルほどで、大きなトロのブロックを買えたことを覚えています。長女はトロで育ったようなものです(笑)。肉よりも安かったので、私たちにとってぜいたくな食品ではなく、普通の食べ物でした。

日本へ引っ越してから、家族でよく寿司を食べに行きました。初めて寿司を食べに行ったとき、カルチャーショックがありました! トロを食べることが普通で、慣れていた長女は寿司のシェフにまず「トロください!」とお願いしたのです。当時まだ4歳でしたので、寿司の店長さんはびっくり! 「4歳には少しぜいたくではないでしょうか?」と言われました…。

日本ではトロは高いものなんですね! アメリカでは安かったので、私たちは本当にびっくりしました!

また、アメリカでは、私の大好きなうにも同じように安い値段で大きなトレイにいっぱい手に入りました。とても幸せなことでした!! しかしそのころ、残念ながらアメリカには私の大・大・大好きなうなぎは缶詰しかなく、あまり美味しくなかったのです。缶詰を食べたらかわの味…。がっかりしました!うには時々、家族や友達といっしょにGolden Gate Bridgeの近くにある海で取りました。長女はうにを食べるより、うにの貝の形を不思議がっていました「貝の外側にたくさんトンガリがあっておもしろい!」と言っていました(笑)。

 

日本へ引っ越しをしてからも、さまざまな食べ物の体験をしました。みかん狩り、ぶどう狩り、いちご狩りにもよく行きました。食べ放題なので、娘たちはニコニコ美味しそうに食べていました。

ある秋、幼稚園の遠足におばあちゃんを連れて行きました。私たちにとって初めての栗拾いでした。手袋なしで、どんどん栗を探してたくさん集めました。なんと楽しかったことか! 自分たちで作ってきたお弁当も食べ、秋の美しい香りをかいで、素晴らしい遠足でした。しかし同時に、ウルシの植物の恐ろしさを初めて知った経験となりました。途中でおばあちゃんが注意するように言葉をかけてくれたのですが、すでにもう遅かったのです。

そのときにはなにも感じなかったのですが、家に戻ったらおばあちゃんにも娘たちにも私にも、手や顔にウルシのかぶれが! まるで皮膚が燃えているようで、本当に痛かったです。パパはそのころデンマークに出張していたので大変でした! 今思い出すとおもしろかった思い出ですが、そのときはとても苦しかったのを覚えています。

 

また、パパはたけのこの料理が大好きでした。秋には山に住んでいる友達の家にたけのこを掘りに行きました。子どもにとって、パパといっしょにたけのこを探すのはゲーム感覚。見つかったら大喜びです。たけのこの形も不思議のようで、また料理の準備もおもしろがっていましたが、娘たちはたけのこの料理自体はあまり好きではありませんでした。パパが幸せな顔でたけのこを食べている姿が、娘たちにとって一番の思い出ではないかなと思います。

 

夏にはあさり掘りも体験しました。一番楽しかったのは、自由ヶ丘にあるTFS幼児教室の大好きな友達「ママ先生」(私たちの日本のママ!)といっしょに海岸へ行ったときです。ママ先生は子どもが大好きで、心は子どもと同じ。遊びがとても上手で、子どものことや子育て、遊びについての天才です。ママ先生は海岸で私たちに、上手に楽しい貝を見つける方法や掘り方を教えてくれました。掘りながらいろいろな発見もあり、大笑いしながら海岸でたくさんの思い出をつくりました。最後にママ先生の美味しいあさりスープをごちそうに。そのママ先生の美味しい思い出も、からだに残っています。

 

ちょっと変わった自然体験もしました。娘が小学校のとき、あるテレビ局で田植えの企画があり、外国人のファミリーを招待してくれたのです。

集合場所へ着くと、そこから電車に乗せてくれたのですが、不思議なことに、外国人と日本人の家族を別の電車に乗せたのです。パパは日本人ですが、娘はアメリカと日本、そして私はアメリカ人。外国人として見られました。 

田んぼに着くと、畑にあったいろいろな野菜を見せてくれました。木でできた大きな入れ物に水が入っていて、そこにとてもとても大きなトマトが浮かんでいました。トマトが大好きな娘はびっくりしました。その後田んぼへ行き、田植えの正しいやり方を農家の女性がやさしく丁寧に教えてくれました。田植えの機械があるけれど、人間の手で苗を土に入れた方がいいお米ができます、とのこと。そこで、ドロドロの中にはだしで入り、ひとつひとつ丁寧に植えました。私たちは庭に植物や種などを植えることが大好きでしたから、熱心にやりました。農家の方に、心から感謝の気持ちを持ちました。私たちは夢中になり、結局最後まで残りました。ドロンコが好きで、楽しくてうれしかったですね。

やっと終わり、田んぼから上がったら、そこに新聞記者が待っていました。「田植えはどうでしたか?」と聞かれ、私は「楽しい」と答えました。本当に楽しかったのです。家に戻り、お風呂に入って、よい1日が終わりました。

そのあと何日か経って突然、ある雑誌の記者から「〇〇という週刊誌を見てね」という電話がきました。用件はそれだけ。びっくりしましたが、その雑誌をすぐに買いに行きました。

開いた2ページの特別記事に、娘たちと私の大きな写真と「田植えって楽しい (exciting)」とのタイトルがありました。当時、アメリカと日本の間にお米の問題があり、知らないうちに私たちは「外国人」として、その材料として利用されたのです。田植えがまさか国際問題につながると思いませんでしたが、でもやっぱり、田植えは楽しかったです。It is EXCITING!!!

ぜひ、あなたのファミリーでも体験してみてください。そうすればもっとお米の大切さを感じ、農家の方への感謝も深まると思います。

 

日本には、子どものための自然体験などがたくさん用意されていますので、さまざまな経験ができると思います。そのおかげで私たちは、大勢の日本の親や子どもにも育ててもらいました。幸せです。日本の大自然ありがとう!海でも山でも畑でも、素晴らしい体験はいつまでも待っています。お子さんといっしょにぜひ、どんどん出かけて行ってください!!!

日本の自然が一番! だと、私は思います。

 

12月はとても忙しい月です。クリスマスと年末だけで、どの家族も本当に忙しいのではないでしょうか。でも日本には、寒くなると美味しい食べ物がたくさんありますね。日本のみなさんは季節によって心が温まり、お腹もいっぱいになるような食べ物に恵まれていると思います。食べること、そして食べ物を大切にしましょう。サンタさんが美味しい食べ物を届けてくれますように! ストレスのない年末を過ごせますように。

この一年、この記事をずっと読んでいただき、感謝します。質問などありましたらぜひお寄せください。お待ちしています。

2015年にまたみなさんとお会いできるのを楽しみにしています。ステキなファミリーの思い出をどんどん作ってくださいね。お身体を大切に! 

ぜひ、おいしいクリスマスとお正月を! MERRY CHRISTMAS!!

teri11